墓石に刻まれた言葉

号外

終わりの始まり

さて、ラストラン(最終回)です^^

 

実はこのブログを始めた当初から今日のこのブログのタイトル(内容)はほぼ決まってました。

 

最後にこんな内容のブログが書けるように・・・・とこの一年間走ってきたようなものかもしれません。

 

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ある男の墓石に刻まれている言葉です。

 

『生きること、それは日々を告白してゆくことだろう』

                             

 

自分の人生を赤裸々に、そして真摯に告白(歌い)続けた彼らしい言葉です。

 

本当にそうだな~と共感します。

 

僕のこのブログもある意味では「日々の告白」でした。

世の中に対しての告白、そして自分に対しての告白(自己との対話)でもあったように思います。

 

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どんな形でも文章を書いている人には、ある葛藤があるんじゃないかと思います。

 

それは、自分の「想い」や「考え方」、「独自の視点」についてどこまで主張するべきか?ということです。

 

もし仮に100%の主張が有り得たとして、僕はこのブログでどこまで想いを伝えてこれたか?と考えたら、やっぱりそれは80%くらいのレベルだったように思います。

 

残りの20%はどうしても躊躇してしまいました。

(人はだれでも嫌われたくないという気持ちがあります^^)

 

 

以前面白い話を聞いたことがあります。

 

ある著者が担当編集者に言われたそうです、

『あなたは読者に嫌われないように書いていますね!』と・・・・

 

その著者の担当編集者は続けてこう言ったそうです。

『先生、著者は読者に嫌われるようになって、初めてファンになってくれる人が増えるんですよ』

 

なるほど~と思いました。

逆説的だけど、嫌われてしまうかもしれないくらいの強い主張があって、初めて受け入れてくれる人も出てくる・・・

 

以前に僕が書いた『ディスプレイ』の話と似ているな~と思いました。

お店の店頭ディスプレイを飾るとき、多くの人に気にいってもらいたい!と思って作ると通行人には見向きもされないけれど・・・・

たった一人のお客さんをイメージして、その一人に向けてディスプレイを打ち出すと、逆に多くの人が足を止めて店内に入ってきてくれる。

 

 

僕の100%の主張(嫌われることを覚悟で^^)は今後『フェイスブック』で公開していきます。

 

僕もこのフェイスブックを始めてまだ3日です^^ 

正直右も左も分かりませんが、日々試行錯誤して挑戦していきたいと思っています。

 

 

 

 

 

終わりでない終わり^^

 

終わりとは、常に新しい始まりでもあるのかもしれません。

 

終わりでもあり、始まりでもある今日一日に心から感謝します。

 

 

 

 

 

 

 

 

これからもなかよし弁当をどうぞ宜しくお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪のっくんセラピー≫

「生きること、それは日々を告白してゆくことだろう」

                               故・ 尾崎 豊

 

 

 

≪名言セラピー≫

「真の幸福は、現在感謝を実行する」

                  故・ 中村 天風

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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追記(フェイスブックについて)

 

フェイスブックとは世界で5億人が参加しているSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)です。

 

登録は無料ですが、基本的には実名での登録となります。

僕自身もやっと自分のページを持ちましたが、まだまだ手探りの状態です^^

 

くれぐれも無理をされないようお願い致します。

 

お店の裏の顔 ^^
お店の裏の顔 ^^