ある小説から・vol 2

悪意ということ・・・

今週はある1冊の小説から『言葉』や『お話』を引用させていただきます。

 

 

このお話は、ある十二歳の少年(天使)が神様の代わりに人間の魂に向けて神様のことを伝えるという一風変わった物語。

 

この少年(天使)は『カボ』と呼ばれていました。

 

 

昨日に引き続き、今日は『悪意』について・・・

 

 

以下『カボ』(天使)の言葉です。

 

「悪意をもっているときの心っていうのは、苦しいよね。少なくとも平和で穏やかではないよね

 

その人はその悪意を持って、いったい何をしようとしているのか、っていうことが見抜け

 

なくちゃいけないんだ。

 

結論から言えば、その人は、その人の悪意をもって、あなたの中にも悪意を忍びこませ

 

ようとしているんだ。

 

その人の悪意ある行為に対して、あなたも悪意ある行為で報いたらどうなる?

 

それはつまり、その人がその人の悪をもってあなたの心の中にも悪を植えつけたって

 

ことになるじゃないか?

 

それこそその人の思うつぼだよ。

 

悪意をもっているときの心は苦しいよ。

 

その苦しみをあなたの心に植えつけてしまうことができたんだから・・・その人の思うつぼじゃないか!

 

もちろんその悪意に対してじっと耐えろ!と言っているんじゃないんだよ。

 

冷静に判断して非難すべきことは非難すべきだよ。

 

でも、自分まで悪意に染まっちゃダメなんだ、って言っているわけ。

 

例えば、いわれのない嫌がらせをされたときに、それに対して抗議をすることは決して悪意からじゃないよね?

 

でも、「この野郎!」って相手のことを憎んだりするなら、それは悪意だよね。

 

 

悪意の本当の目的は、その悪意をタネにしてどんどん悪意を広めようとすることなんだよ。

 

 

≪でも、もし神様が存在するなら、そもそも悪意なんてものをなんで作ったんだろう?≫

 

 

何で神様が悪意を作ったのかって問題だけどね。

 

結論から言うと・・・

 

神様は、僕らに善意を理解させるためにこそ、悪意ってものを作ったんだね。

 

「例えば、小学校の先生は、なんで算数の練習問題を子供たちにやらせるんだい?

 

先生が自分で答えがわかってるっていうなら、もったいぶらずに、最初から正解を教え

 

てあげればいいじゃない?」

 

「でもそれをしないのは、答えそのものが大切なのではなくて、答えを導き出すプロセ

 

スが大事だからだよね。そのプロセスは、先生が代わってあげることができないよね」

 

「だとしたら、最初から光(答え)を与えられた人間は、本当に光(答え)を理解できたと言えるのだろうか?」

 

「与えられた百点よりもね、自分でがんばって手にした五点のほうがずっとすばらしいんだよ」

 

「自分の力で摑んだものだけが、本物なんだよ」

 

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なるほど~^^

 

もし世の中に光(善意)しかなかったら・・・人はそれが善意だとは理解できない!と。

 

面白い解釈ですね^^

 

たしかに『光』があるところには、必ず『影』ができます。

 

本当は『光という善意』だけを見ていたいのですが、『影』ができるのは自然なことなのかもしれませんね~

 

人も成長すればするほどスポットライトがあたるようになります、でも同時にたくさんのライトがあたればあたるほど、影もその分濃くなります。

 

ビルも大きくなればなるほど多くの太陽光があたります、と同時に大きい影もできます。

 

 

でも、あなたにどんな光があたっても、そこに影もあるということが分かっていれば大丈夫^^//

 

絶好調の時には足元を見る余裕を、スランプの時は必ずそこに光があることに気づくこと。

 

やっぱりここでも『バランス』が大切なのですね^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日もなかよし弁当をご利用頂きまして、ありがとうございました。

感謝しています。

 

 

 

 

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今日は、なんだか悪意の話から最後はかなり脱線したような・・・^^;

 

明日もこの小説から、『自由』について。

 

カボ曰く、「自由であることが、人間であることの意味」だそうです。

 

明日も「カボ」(天使)の独演会です(笑

 

お店の裏の顔 ^^
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