第二の矢を受けない

被災者の心情

日本の代表者の言葉です。

「震災対応に一定のめどが付いたら退陣する」

 

いろいろなメディアで取り上げられていて、多くの有識者や専門家、評論家がコメントしている今回の不信任案の結末ですが・・・

 

僕が気になるのは、ある一点だけです。

とても気になる言葉があります、上記の「一定のめど」という部分です。

 

多くの識者が語っているような難しいことは僕には分かりませんが、僕が「?」と思ったのは、今多くの人たちがコメントしているような「一定のめど」の線引きはどこか?ということではないのです。

 

僕の?な部分は、この「一定のめど」を被災者のみなさんがどのように受け止めるかということなのです。

 

もっと言うと、総理が辞める時に被災者の方々はこの言葉(一定のめど)をどう感じるのかという事なのです。

 

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仏教の教えだったと思いますが、こんな言葉があります。

 

「第一の矢は受けても、第二の矢は受けない」

 

例えばこういう事だと思います。

満員電車で足を踏まれた(←第一の矢です^^)そしてその人が謝らなかったので、その後ずっとイライラして不快な気分になった(←第二の矢です^^;

 

簡単に言うとこういう事だと思います^^(釈迦さんはもっと 深いィ話を説いている筈ですが^^;

 

東日本大震災で被災された方々は、とてもとても大きい第一の矢を受けました。

 

その後の第二・第三の矢(風評被害や差別など)は受けてはいけない、いや、矢を放ってはいけないと思います。

 

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さて、「一定のめど」の話に戻ります。

 

僕は総理がいつ辞めるのかが気になるのではなく、1ヶ月後か3ヵ月後か半年後かに退任した時に被災者のみなさんは、どう思うかが気になります。

 

僕の気のせいなら良いのですが、こう思う人はいないでしょうか?

 

 

「一定のめどをつけられた」・・・と。

 

 

がれきの撤去だけでも1年かかるといわれています。

 

半年後、退任する時に、言葉にはしなくても多くの人は「一定のめど」がついたんだ!と

 

思います。(← 国の代表者としての発言、言葉の影響力は計り知れません)

 

被災者側であったなら、「一定のめど」がついたんだ!とは思えないはずです。

 

これで「一定のめど」がついたのか、「一定のめど」を1国の総理につけられた!と思っ

 

てしまう方達はいないでしょうか?

 

これも第二の矢にはならないでしょうか?

 

 

僕は決して総理自身を否定したいのではなく、影響力を持つ人の言葉であれ

 

ば、被災者の心情に配慮する別の表現方法があるはず!という主張なのです。

 

例えば、「この(具体的)案件をやり遂げてから」とか「この法案を通してから」とか・・・

 

これはあくまでの意見です。

 

1国の総理の立場は到底計り知れませんが、言葉に広く影響された1人の国民とし

 

て、そんなことを思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日もなかよし弁当にご来店いただきまして、ありがとうございました。

感謝しています。

 

 

 

 

 

 

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「第一の矢は受けても、第二の矢は受けないように」

これは自分にも言い聞かせたい言葉です。

 

釈迦さん、大きな気づきをありがとう!

 

 

お店の裏の顔 ^^
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